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連載占い小説「天使と魔法使いの占い館より」

Episode01 星野光(17才 ほしのひかり)の場合


第一章 夜の路地裏に落ちたコード

夜の路地裏 ――止みそうで止まない雨の匂い。古いレンガの壁に、街灯の橙がにじんでいた。 

星野ヒカリ(ほしの ひかり) は、傘も差さずに立ち止まっていた。 

肩に落ちる水滴が、制服のブレザーを重くするのも気づかず、 ただ、耳を澄ませていた。

どこからか、 ギターの音色が、ぽつり、と零れ落ちてくる。 

テレキャスター※ のEマイナーのアルペジオ……低く、深く、まるで心の底から響くため息のように。 

テレキャスター(Telecaster): Fender社が1951年に本格発売したエレキギター。 

世界で初めての本格的な量産ソリッドボディ・エレキギターとして歴史に残ってる。 それまではアコースティックにピックアップを付けたものが主流だったから革命的。ストレートでクリアなトーンが特徴。

アルペジオ:コード=和音の構成音を同時に鳴らすのではなく、低い音から高い音(またはその逆)へと順番に1音ずつ奏でる演奏法。


ヒカリの胸が、知らないうちに震えていた。

「お父さん……」 ヒカリは小さく呟いた。 

もういない父の音が、こんな夜に重なる。 

光の父は、インディーズバンドで少し名前が知られたギタリストだった。

愛用のギターは Fender Jazzmaster。 

幼い光には、童謡も、AKBも中島みゆきもカーペンターズも、弾いてくれた父の記憶がある。 

レコード針の音と、花の香りが混ざった部屋。 

フローリストの母が「音楽も植物も、人生の栄養ね」ってほほえみを浮かべてくれた、あの頃。

でも今は、光には誰もいない。 

ヒカリはひとり、この路地裏で、音を追いかけていた。

路地裏の角を曲がると、古いビルの階段の下。

「テレキャスコード占いRay」

看板の下には、 白いテレキャスターを抱えた青年がひとり――古びたリンゴの木箱をイスに座っていた。

グレーのパーカーに、 グリーンのコート。 フードを深くかぶって、 顔はよく見えない。

ヒカリは 少し迷ったが、思い切って 声を掛けた。

「……あの、 占ってもらえますか?」

青年がゆっくり顔を上げると、フードの下から丸みを帯びた瞳が現れた――色は銀色

月明かりを受けて時々湖底を思わせる鈍(にび)色に変わりながら、 静かに、深く、目の前のものをとらえている…… 冷たいようで子犬のようにあどけない……唇の端がかすかに上がるだけの端正な微笑み……

青年とヒカリが合わせ鏡のように固まった――その一瞬の後、テレキャスターが鳴きだした。

Gsus4 → Em7 → Am7 → Cmaj7

「一番大切な親友の彼氏を、 好きになってしまったんだね。」

ヒカリの心臓が、ドクンっと音を立てた  。

「どうして…… そんなことがわかるの?」

青年はテレキャスを優しく抱き直してから少し位置をずらして、光に隣に座るようにうながした。

「僕はRay―レイだよ。 テレキャスターの使い手。ここに来てくれたあなたの専用の テレキャスコード占い師さ」

いぶかしげな光に、Rayは軽く微笑んで言った。

「あなたの月、 今とっても、深く沈んでいるんだね」

「ど、どういうこと…… ?」 

「こういうこと」

Rayは、 テレキャスの弦を優しく弾きながら、音色にことばを乗せていく――。

「月が、 今、 罪悪感と、 抑えきれない想いで、 深く沈んでる。 親友の笑顔よりも、親友の彼の笑顔が、 頭から離れなくなってきて、忘れようとすればするほど 胸が熱くなっていって、 どうしていいかわからない…… それが、あなたの今の月の嘆きだ」

ヒカリはただRayの声に耳を傾け、Rayは テレキャスを 優しく ゆっくり、 奏で続けた。 

「嘆いていいし、そこで終わらなくてもいいんだよ……あなたは、 まだ、 愛を探してもいい。 誰かを信じてもいい。 あなたは…… 一人じゃない」

ヒカリの目から、 一粒の涙がこぼれ落ち――Rayは、 静かに 光の涙を受け止めた。

「あなたのコードを解析してみようか……占いは人生の解析ツールなんだ」

ヒカリは息を飲んだ。 占い……そんなもの、信じたことなど一度もなかった。 でも、この音は、 この瞳は、 なぜか、父の弦の響きに似ていた。 お母さんの花が、夜の闇の中で咲くような、 切なくて、温かい何か。

「私の……コードって何?」

Rayは静かに再び弦に触れながら言った。

「生年月日を教えてくれる? それがあなたのコードだ 」

ヒカリはうなずき伝えた。

「わたしは、ほしのひかり。生年月日は……」

RayがAメジャーのオープンコードを奏でると、 光の胸にゆっくりと、優しい波が広がっていく。

「星野ヒカリ ……17歳。 あなたの太陽と月が葛藤している。 今どちらも輝きたがっているんだね」

ヒカリの目が、熱くなった。 涙が、降りしきる雨のように頬をつたう。

 Rayは、テレキャスを抱えたまま、 わずかに彼女に近づいて 右肩の1cm先で、静かに光を待つ。

「あなたの涙を、 僕に預けてみないか?」

雨が完全に止んだ。 路地裏の闇の中で、 テレキャスの音だけが、 二人の間に、細く、強く、糸を張った。


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